今回は、魚豊先生がビッグコミックスピリッツで連載中の大スペクタル叙事詩、「チ。地球の運動について」について紹介したいと思います。
本作のテーマは地動説。神の名のもとに天動説が信じられていた中世ヨーロッパで、異端思想と言われながら己の信念に文字通り命を懸けた男たちの物語です。
とにかくこの作品は熱い。熱すぎる。読んだ熱量をそのままに、感じたままをここで伝えさせていただきます。
「チ。地球の運動について」のあらすじ(第1集のネタバレあり)
物語の舞台は15世紀のヨーロッパ、P国(ポルトガルのことだと思われます)。
異端審問官がC教(某世界最大の宗教)の教えに反する学者に苛烈な拷問を加えるシーンから物語は始まります。
第1集の主人公であるラファウは12歳で大学への合格が決まった神童。
「世界、チョレ~」と確信する世渡り上手な合理主義者で、ある意味で現代的な価値観を持つ、信念とは正反対の場所にいるような少年でした。
大学で専攻する予定だったのは神学。この時代は、神の教えこそが絶対。ラファウは趣味で天文を学んでいましたが、義父のポトツキは今後は天文を学ぶことは止め、神学だけに専念するようラファウに命じます。
ある日ラファウはポトツキから、異端思想の研究をして審問を受け、改心したということで釈放された男、フベルトを引き取りに行くよう頼まれます。
フベルトはのっけから不愛想で不気味な人物でした。ラファウに「私は君に利益を与えない。好かれようと作り笑顔なんてしなくていいぞ」と告げるほど。
しかし、ラファウが天文を学んでいることに気づくと、フベルトは態度を一変させ、ラファウに自分の研究に協力するよう脅します。
実はフベルト、改心したと嘘をついて釈放されましたが、それは真っ赤なウソ。もう一度捕まると処刑されてしまうので、ラファウを利用して研究を続けようと考えたのです。
当初はフベルトをC教に密告してやろうと考えていたラファウですが、天文を学べるという魅力に釣られ、フベルトに協力することに。
そしてそこで、ラファウは当時通説だった天動説に変わるフベルトの異端の思想、地動説を知ることとなるのです。
それを聞いた当初、論理的に地動説を否定したラファウ。フベルト自身もそれが間違っているかもしれないと認めます。しかし「不正解は無意味を意味しない」と、フベルトは自分の直感を信じていました。
ラファウは一人で地動説を考察し、次第にその説の合理性、美しさにとりつかれていきます。
そしてその考察の走り書きが、異端思想として異端審問官に見つかってしまったのです
ラファウを庇って異端審問官に捕まり、処刑されるフベルト。
ラファウはフベルトの遺言に従って、彼の研究資料を燃やそうとします。が、ラファウは「地動説を信じたい」という自分の直感に従って、炎を消し、地動説の証明に己の全てをかけることを決めるのです。
(この決意のシーンは最高にカッコいいです。ええ、本当に言葉に出来ないほど)
しかし、異端審問官の手は着実にラファウのもとに伸びていました。
実はラファウの義父ポトツキは昔、異端思想の研究をして捕まった前科を持っていたのです。そのため、異端審問官はポトツキの周辺をもともとマークしていました。
そしてポトツキもラファウの思想に気づき、彼が異端思想を捨てるつもりがないことを悟ると、ラファウの罪を軽くするために異端審問官に密告してしまいます。
異端審問官に捕まったラファウは、異端審問官から裁判で改心を宣言し、研究資料を燃やして二度と天文をに関わらないと誓えばやり直せると諭されます。
ですが、ラファウは裁判で地動説を信じていると宣言したのです。
そして拷問を受ける前日、ワインに毒を仕込んで自殺します。
フベルトから伝えられた感動を胸に、笑いながら。
(このシーンは是非、実際にご自分の目でご覧になってください)
さて、いきなり主人公と思われていたラファウが死んでしまったわけですが、この物語はここで終わりではありません。
ラファウたちの死は決して無駄ではなく、その意思は後に続く者たちに受け継がれていくのです。
新たな主人公を得て、物語は第2集へと続きます。
「チ。地球の運動について」の登場人物(第1集のネタバレあり)
ラファウ
第1集の主人公。12歳で大学への入学が決まったほどの神童。
元は孤児の生まれだったが、非常に世渡り上手でポトツキの養子となり、エリートコースを歩む。
徹底した合理主義者で、規則正しく動く星に美しいと興味を持ち天文を学んでいたが、学ぶほどに美しいとは思えなくなっていく天動説での天文に情熱を失いかけていた。
そこでフベルトの地動説に触れ、天文の美しさの可能性を再認識する。
地動説という合理的な考え方を証明するため、最後はその非合理的な生き方に命を捧げた。
フベルト
地動説を信じる異端思想の天文学者。口元に大きな拷問の痕がある。
神を信じていないわけではなく、神を信じているからこそ地動説を信じている。
天動説では天体の動きが美しくない。神の創ったこの世界が美しいものでないはずがない。
そんな直感に従って地動説を信じていたが、心の奥底にはやはり迷いもあったようで、それが研究資料を燃やしてくれという遺書に現れている。
ある意味で、この物語の最初の一人。
ポトツキ
ラファウの義父で神父。
異端思想の研究をして捕まった過去があり、その縁からフベルトを引き取る。
ラファウを守るためにラファウを密告したが、それが結果としてラファウを死に追いやってしまう。
(ちなみにポトツキは第2集以降にも登場します。それもまた、ラファウが遺したものと言えるでしょう)
ノヴァク
異端審問官。元傭兵で出家はしていない。
異端思想に対しては苛烈だが、子供には優しいという一面も。
彼なりにラファウを救いたいと思っていた様子。
「チ。地球の運動について」の感想
「チ。地球の運動について」の魅力とは
とにかく男たちの信念、覚悟が熱すぎる作品です。
ラファウは冒頭では軽い雰囲気のキャラクターで、ある意味冷めた、現代人のアヴァターのような存在でした。
それが地動説という考えの美しさに触れ、それが間違っているかもしれないと理解しながらその思想に殉じ、文字通り命を懸ける。
愛と狂気は紙一重と言いますが、この作品は狂気の中に一筋の愛を見たような思いです。
第1集の主人公はラファウと書きましたが、この物語の中心は受け継がれる意思、地動説そのもの。きっかけとなった最初の一人はフベルト(あるいは彼より前を走っていた誰かがいたのかもしれません)、ラファウはそのバトンを受け継ぎ、後に続く者にそれを託した大勢の中の一人に過ぎないのかもしれません。
ですが、だからこそ、その一人一人の生き様は無駄ではないのだということを再認識させてくれるような作品です。
ちなみに、作者自身も弁明していますが、実際の15世紀ヨーロッパは地動説を唱えただけで拷問や処刑を受けるほど苛烈な世界ではなかったようです。
まあ、当時地動説を唱える人間なんてのはそれ以外に色々と問題があったようで、処刑された人間がいないわけではないようですが。
あくまでフィクション、架空の話という前提で楽しんでくださいね。
「チ。地球の運動について」はこんな人におすすめ
拷問に関して若干のグロ描写がありますので、そういうのが苦手な方にはおすすめできません。
逆に言えば、そうでない方は是非読んで頂きたい。
きっと誰しも胸に熱いものを感じざるを得ない、これはそんな作品です。
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