今回は「島耕作」の作者として知られる「弘兼憲史(ひろかねけんし)」先生について解説します。
弘兼憲史先生は山口県岩国市出身の男性漫画家。
「島耕作」「人間交差点」「黄昏流星群」など数々のヒット作を世に送り出した巨匠です。
奥様は同じく漫画家の柴門ふみ先生で、息子さんと娘さんも同じ業界で働いているそうです。
本記事ではそんな弘兼憲史先生のプロフィールや素顔、人間関係を中心に解説してまいります。
「弘兼憲史」先生のプロフィール
引用元:弘兼憲史【公式】
基本プロフィール(年齢、性別など)
| 性別 | 男性 |
| 生年月日 | 1947年9月9日 |
| 年齢 | 79歳(2026年10月現在) |
| 出身地 | 山口県岩国市 |
弘兼憲史先生は「島耕作」シリーズの作者として知られる男性漫画家。
小学校の頃に手塚治虫のファンになって漫画家を志し、早稲田大学では漫画研究会に所属し、かわぐちかいじ先生や西岸良平先生と知己を得たそうです。
大学卒業後は松下電器産業に就職したものの、漫画家の夢を諦められず3年ほどで退職しています。
当時としてはサラリーマン経験のある漫画家はまだ少なく、その先駆け的な存在であったそうです。
徳山大学や山口大学で客員教授を務め、BS日本番組審議会委員、日本漫画家協会理事を歴任しておられます。
漫画家としての経歴
弘兼憲史先生は1974年に「ビッグコミック」から「風薫る」でプロデビュー。
その後「兎が走る」など原作付きの漫画を中心に発表。
1980年から連載開始された「人間交差点(原作:矢島正雄)」で評価が高まり、同作は小学館漫画賞一般向け部門を受賞しています。
1983年には「モーニング」で「島耕作」シリーズの第一弾となる「課長島耕作」の連載がスタート。
サラリーマン経験が存分に活かされたこの作品は大ヒットし、弘兼憲史先生は団塊世代の代表者としてのイメージが定着。漫画以外の仕事も増える切っ掛けとなりました。
その後も「黄昏流星群」などヒット作を飛ばし、2007年には紫綬褒章も受章しています。
「弘兼憲史」先生と妻・柴門ふみ先生
弘兼憲史先生の奥様は「東京ラブストーリー」「あすなろ白書」などドラマ化された大ヒット作の作者として知られる柴門ふみ先生。
お二人は柴門ふみ先生が大学生の時、既にプロとして活動していた弘兼憲史先生のプロダクションでアシスタントが切っ掛けで知り合っています。
弘兼憲史先生が電車内で酔っ払いから柴門ふみ先生を守ったことなどが切っ掛けで結婚に至ったことが語られています。
お二人は別居婚のスタイルを取っていますが離婚はしておらず、それぞれ息子夫婦、娘夫婦と別の二世帯住宅で暮らしています。
ちなみに別居の切っ掛けは弘兼憲史先生が浮気を繰り返したことだそうです。
「弘兼憲史」先生の家族(息子・娘)
弘兼憲史先生は柴門ふみ先生との間に息子さんと娘さんが一人ずつおられます。
息子さんは西倉新久というペンネームで漫画家として活動しており(代表作「オリオン明滅す」「HOTEL R.I.P.」)、かつては柴門ふみ先生のアシスタントとして修業を積んでいたそうです。
娘さんはお名前こそ不明ですがフリーのイラストレーターとして活動中。
娘さんはお笑い芸人のカズマ・スパーキンと2019年に結婚しておられます。
「弘兼憲史」先生の素顔(写真)
弘兼憲史先生は団塊世代の大物サラリーマンを絵に描いたような貫禄ある風貌の持ち主。
漫画家でありながらサラリーマン的気質の持ち主で、マニアックな気質に対し理解が薄いタイプです。
その為、マニアックな作風の作家さんと対談した際には失礼な発言をしてトラブルになったこともあります。
広島カープとサザンが好きで、ゴルフが趣味。
本当に漫画家らしからぬ人物のようです。
「弘兼憲史」先生の現在
弘兼憲史先生は後期高齢者となった現在(2026年時点)も「島耕作」シリーズの連載を続けるなど現役の漫画家として精力的に活動中。
漫画だけでなく自身の生き方や働き方を語った書籍なども出版しています。
月の半分くらいを漫画に、それ以外の時間を趣味などに充てて充実した時間を過ごしておられるようです。






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