今回は「新九郎、奔る」「パトレイバー」などの作者として知られる漫画家「ゆうきまさみ」先生について解説します。
ゆうきまさみ先生は北海道出身の男性漫画家。
1980年代から漫画・アニメと幅広い分野で活躍し、現在も精力的に作品を世に送り出し続けるレジェンド作家です。
本記事ではそんなゆうきまさみ先生のプロフィールや代表作、現在(すがお)を中心に解説してまいります。
目次
「ゆうきまさみ」先生のプロフィール
基本プロフィール(出身など)
| 性別 | 男性 |
| 本名 | 佐藤修治 |
| 生年月日 | 1957年12月19日 |
| 年齢 | 68歳(2026年1月時点) |
| 出身地 | 北海道 |
ゆうきまさみ先生は「新九郎、奔る」「パトレイバー」などの作者として知られる北海道出身の男性漫画家。
子供の頃、従兄がノートに漫画を描いていたことに影響され、石森章太郎先生の「マンガ家入門」を読んで漫画の描き方を覚えました。
高校卒業後は上京し、メガネレンズの卸会社に就職。
江古田のまんが画廊に通うようになり、そこで他の人が描いた同人誌に触発され、パロディ漫画などの執筆を始めました。
ただ当時はプロの漫画家になるつもりはなく、あくまで趣味としての活動だったようです。
またこの頃から架空のアニメ設定などをでっちあげる企画ごっこを仲間内で行っており、これが後の「パトレイバー」へと繋がっていきます。
漫画家としての経歴
ゆうきまさみ先生は1980年、アニメ誌でパロディ漫画が描ける人材を探しているとの話を聞きつけ、同誌に持ち込みを行い「月刊OUT」から機動戦士ガンダムのパロディ「ざ・ライバル」で漫画家デビュー。
その後も読切や連載などを発表していましたが、当時はサラリーマンを続けながらの活動で、脱サラし専業漫画家として活動を始めたのは1982年からとなります。
1984年からは少年サンデーを中心に活動し、「究極超人あ〜る」「機動警察パトレイバー」「じゃじゃ馬グルーミン★UP!」などヒット作を連発。
その後、2003年から青年誌に移籍し、リメイク版や「鉄腕バーディー」や「新九郎、奔る!」を連載し、現在に至ります。
「ゆうきまさみ」先生と「パトレイバー」
「機動警察パトレイバー」はゆうきまさみ先生の初期のヒット作で、近未来の東京を舞台に人型作業機械「レイバー」とそれに乗る警視庁のレイバー部隊の活躍を描いたSF作品です。
元々はデビュー前から通っていた「まんが画廊」で、仲間内で行っていた企画ごっこ遊びの延長から出来上がった作品。
サンライズに持ち込みを行い一度は頓挫したものの、その後企画に興味を持ったメンバーが参加しアニメ化。
ゆうきまさみ先生はその「漫画版」を担当した形で、漫画版と他メディア作品は設定を共有しているものの、相互にすり合わせなどは行わなかったそうです。
「ゆうきまさみ」先生と「じゃじゃ馬グルーミン★UP!」
「じゃじゃ馬グルーミン★UP!」は1994年から2000年にかけて週刊少年サンデーで長期連載されていた作品。
高校在学中に北海道旅行を行い、偶然牧場の人々と知り合った主人公が、ダービー馬を育てることを目的として牧場で働きだす、という物語。
競走馬の設定には強いこだわりが見られ、主人公の成長や牧場の娘さんたちとの三角関係など、競走馬の世界とヒューマンドラマを丁寧に描き切った内容となっています。
テーマ的には少年誌ではなく青年誌でやっても良さそうな内容でしたね。
「ゆうきまさみ」先生と「新九郎、奔る!」
「新九郎、奔る!」は戦国大名のはしりとされ、後の世では「北条早雲」の名で知られる伊勢新九郎盛時を主人公とした歴史作品。
2018年から連載されていますが、ゆうきまさみ先生はかなり昔から伊勢新九郎盛時を主人公とした作品を描きたいという構想を持っていて、2016年頃から資料を集めていたそうです。
先生自身、資料を集めていく中で伊勢新九郎盛時に対するイメージが変わり(ずる賢い→名門出身)、その辺りを丁寧に描いていくため少年時代から物語を展開。
応仁の乱など複雑な当時の情勢に振り回されながら、最適解を求めて必死にもがいた結果戦国大名にのし上がっていく人間味のある人物として描かれています。
「ゆうきまさみ」先生の現在(素顔)
ゆうきまさみ先生は既にかなりのご高齢ですが、未だに「新九郎、奔る!」などを連載し(2026年1月時点)、精力的に活動していらっしゃいます。
過去作品の映像化なども行われていて、本当に年齢を感じさせない仕事ぶりですね。
SNSでの情報発信にも積極的で、作品に関することだけでなく、個人的な呟きなども頻繁に行われています。
ちなみにプライベートについての発信はあまりありませんが、過去インタビューで結婚していないと発言しており、奥様も子供もいないそうです。



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