「中原裕」~「ラストイニング」「奈緒子」作者、師・浦沢直樹との関係や素顔など~

 今回は「ラストイニング」「奈緒子」の作者として知られる「中原裕」先生について解説します。

 中原裕先生は中澤秀樹と田島裕之の男性二人からなる漫画家ユニット。

 その高い画力を武器にスポーツ漫画で次々とヒットを世に送り出してきました。

 浦沢直樹先生を師と仰ぎ、古くから親交があることでも有名。

 本記事ではそんな中原裕先生のプロフィールや経歴、代表作などを中心に解説してまいります。

「中原裕」先生のプロフィール

引用元:中原裕N(X)

基本プロフィール(出身など)

 中原裕先生は中澤秀樹と田島裕之の男性二人からなる漫画家ユニットです。

 出身は埼玉県戸田市。

 高校時代、もう一人の同級生の原と三人で組んで漫画を描き始め、三人の名前から一文字ずつとって中原裕のペンネームが生まれました。

 いつ原が抜けたのかは不明ですが、高校時代に編集部に持ち込み、そこで「週刊ヤングジャンプ」創刊準備中だった大門氏と知り合い、中沢と田島は野部利雄先生の下へアシスタントに通うようになります。

 高校卒業後は上京して専門学校へ進学、卒業後は野部先生のアシスタントとして下積み時代を送っていました。

 なお、漫画家の田島昭宇は田島裕之の弟にあたります。

漫画家としての経歴

 中原裕先生は1984年に「リョウ」で青年漫画賞入選を受賞、同年に「週刊ヤングジャンプ」掲載されてプロデビュー。

 ただその後は全く仕事がなく、お世話になった集英社ではなく小学館に投稿を行い、1987年に「週刊少年サンデー」から「ぶっちぎり」で連載デビューを果たします。

 しかしその後も連載と打ち切りを繰り返し、自分たちの作風が少年漫画に合わなくなっているのではと悩み、1994年に「ビッグコミックスピリッツ」に移籍し「奈緒子」を連載。

 これが後に実写映画化もされる大ヒットとなり、一躍人気漫画家の仲間入りを果たします。

 その後も「ラストイニング」など野球、スポーツ漫画を中心に精力的にヒット作を世に送り出し、現在に至ります。


「中原裕」先生と「奈緒子」



 「奈緒子」は「日本海の疾風」と呼ばれる離島の天才ランナーを描いた物語。

 幼少期の短距離走から始まって、学生時代の駅伝、マラソンと徐々にステージが上がっていくことになります。

 スポーツ漫画というよりはヒューマンドラマの要素が強く、タイトルにもなっている「奈緒子」はヒロインであり、主人公の父親が命を落とす原因を作った少女でもあります。

 親子、兄弟、仲間、ライバル、作中では主人公が走ることを通じてそうした人々と繋がり、向き合っていくことになります。

 上野樹里主演の実写映画は……まぁ、うん。

「中原裕」先生と「ラストイニング」


 「ラストイニング」は、かつて「大切なのは勝ち負けよりも高校生らしいひたむきさ」を持論とする審判の誤判定に怒り暴力事件を起こしてしまった元高校球児の現インチキセールスマンを主人公とした物語。

 主人公は不良債権となった彩珠学院野球部の存続をかけ、監督となって部を甲子園に導いて欲しいと依頼されることになります。

ただのスポ根でも、奇抜な作戦だけの野球漫画でもなく、しっかりとした土台と相手を分析した綿密な作戦に基づくリアリティのある描写で人気を博していました。


「中原裕」先生と浦沢直樹先生

 中原裕先生は浦沢直樹先生のことを師と仰いでいます。

 両者の出会いは、中原裕先生が野部プロでアシスタントをしていた時で、浦沢直樹先生も一時期そこにアシスタントに来ていたことが切っ掛け。

 仕事終わりにお話をして以来親しくなり、野部プロを辞めた後は浦沢直樹先生の現場でお世話になっていたそうです。

 連載が決まらず悩んでいた際、集英社から小学館に原稿を送ったのも浦沢直樹先生の助言によるもの。

 両者は今でも親交が深く、浦沢直樹先生は中原裕先生のことを弟子ではなく友人と呼んでいます。

「中原裕」先生の素顔

 中原裕先生は前述したとおりの二人組で、田島先生はあまり表に出てくるタイプではないのか顔写真なども見つかりませんでしたが、中澤先生に関してはいくつかインタビューに応じている記事が見つかりました。

 記事を読んでいると野球好きで阪神ファンの非常に楽しい大人の男性、という印象。

 「ラストイニング」完結直後には、記念として当時阪神タイガース所属だった藤浪晋太郎と対談なども行っていました。



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