「平野耕太」~「ドリフターズ」「HELLSING」作者、その素顔と人柄、交友関係(藤田和日郎など)~

 今回は「ドリフターズ」「HELLSING」の作者として知られる漫画家「平野耕太(ひらのこうた)」先生について解説します。

 平野耕太先生は東京都足立区出身の男性漫画家で愛称は「ヒラコー」。

 ギャグとアクションを折りまぜた強烈な作風は勿論のこと、歯に衣着せぬ言動で話題になることが多い作家さんです。

 本記事ではそんな平野耕太先生のプロフィールや経歴、素顔や交友関係、現在を中心に解説してまいります。

「平野耕太」先生のプロフィール

基本プロフィール(出身など)

性別男性
生年月日1973年7月14日
年齢52歳(2026年2月時点)
出身地東京都足立区

 平野耕太先生は東京都足立区出身・在住の男性漫画家。

 漫画家を目指した切っ掛けなどは不明ですが、学生時代から漫画を描き続けており、高校や専門学校(東京デザイナー学院アニメーション科)では漫研に所属。

 詳しくは後述しますが、専門学校在籍中に成年誌でプロデビューを果たし、専門学校は中退しています。

 一時期ゲーム会社に就職していたこともあるそうですが一週間もたたず退社しており、そのことは本人曰く黒歴史。

 漫画作品外でも歯に衣着せぬ物言いで話題になることがおおく、ファンからの愛称は「ヒラコー」。

漫画家としての経歴

 平野耕太先生は専門学校在籍中に「COMICパピポ(フランス書院)」から「COYOTE(HELLSINGの前身)」でプロデビュー。

 その後暫くは成人漫画家として活動していましたが、1996年に一般誌に転身し「大同人物語」の連載を開始。

 この作品は当時としては斬新かつニッチな内容でカルト的な人気を誇っていましたが、連載中断され現在も未完のまま(打ち切り?)。

 その後、1997年から「ヤングキングアワーズ」で「HELLSING」の連載が開始され、これが大ヒット。

 一躍人気漫画家としての地位を不動のものとします。

 その後、2009年から「ドリフターズ」の連載を開始。

 病気休載などを挟みつつ現在(2026年2月時点)も連載は続いています。


「平野耕太」先生は好き嫌いが激しい

 平野耕太先生は歯に衣着せぬ物言いが特徴で、好き嫌いが激しく、嫌いなものには激しく噛みつく人として有名です。

 例を挙げれば、江川達也ややくみつるなど、漫画家なのにそれ以外の活動が主になっている人間を嫌っていて、「江川がテレビに出るのを見る度舌打ちする係」などと語っていたことさえあります。

 SNSで荒らしに反応して噛みつき、喧嘩をするのは日常茶飯事で、アカウント削除をしては再開することもしばしば。

 毒を吐くことが多いですが、基本的にこうしたネット上での振る舞いはオタクネタであり、ファンからの質問には丁寧に答える真摯な人柄の持ち主です。

 いや勿論、毒を吐くからには当然そこには本音が含まれている訳なんでしょうが……

「平野耕太」先生の交友関係(藤田和日郎など)

 平野耕太先生の交流のある漫画家としてまず名前が挙がるのが、専門学校時代から交流のある山田秋太郎先生。

 「R.O.D」のコミカライズを担当していた方ですね。

 堅実な人柄で、平野耕太先生とは一緒に同人活動をしていたこともあるそうです。

 また藤田和日郎先生とも交流があるようで、時々SNSなどで絡んでいることがあります。

 このお二人のやり取りは互いに職業漫画家としてのリスペクトが感じられて良いですね。


「平野耕太」先生の素顔(写真)

 平野耕太先生はいかにも漫画家らしい、眼鏡をかけたやや恰幅の良い男性。

 性癖を自重をしないオープンなタイプのオタクで、特に眼鏡に対しては並々ならぬこだわりを持っているようです。

 声優の平野綾さんの大ファンで、平野綾さんが結婚を発表した時は漫画「以下略」の作中で「なんで俺が平野綾と結婚できねーんだよ!」「平野って名字なんだから歴史的に見ても俺の嫁だろ!?」などと発言し、ファンを沸かせていました。

 なので公式情報はありませんが、間違いなく未婚。

「平野耕太」先生の現在(病気など)

 平野耕太先生は漫画家生活故の不摂生により諸々の持病を抱えていました。

 その為、かねてより休載することも多かったのですが、2022年11月には胆管閉塞で入院。

 内視鏡手術で一時は治癒したもののすぐに膵炎などを併発し、「ドリフターズ」を長期休載することとなります。

 ただ絶筆したわけではなく、2025年には体調を見なが3話連載が掲載されるなど、現在も連載を継続中。

 まだまだ体調は厳しいようなので、お身体に気を付けて連載を続けていただきたいですね。



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