今回は「くずしろ先生」が「ビッグコミックスペリオール」で連載中、将棋の女流棋士の世界をダイナミックに描いた「永世乙女の戦い方」について紹介します。
昨今は藤井聡太竜王の登場で将棋にスポットが当たることが増えてきましたが、女流棋士はプロ棋士よりも格下とされ、どうしても注目度は低いまま。
そんな世界で全身全霊で将棋に打ち込む少女たちの姿を鮮烈に描き出したのがこの「永世乙女の戦い方」。
女流棋士の世界で生きる彼女たちの必死の生き様は、ただひたすらに”熱い”ですよ。
「永世乙女の戦い方」あらすじ(ネタバレ注意)
【あらすじ】最強の女流棋士を追う、女子高生・香を描いた将棋バトル漫画
主人公で17歳の女流棋士・早乙女香は、幼い頃自分に将棋を教えてくれた天野香織に憧れ、彼女を目指して将棋の世界へ飛び込みました。
香が戦うのはプロでもプロを目指す奨励会でもなく、女流棋士の世界。
彼女の目標は女流タイトル七冠を保有する天野香織であり、それ以外のものには興味が無いのです。
物語の主軸は香が天野香織を追いかけて、ライバルたちと熾烈な戦いを繰り広げる将棋バトル。
それに加え、女流棋士がプロ棋士やプロ予備軍である奨励会員から格下と見なされる理由や、それ故の偏見なども丁寧に描かれています。
立ちふさがるライバルには女流棋士だけでなく、奨励会でプロを目指す天才少女も加わり、天野香織への挑戦権を巡って激しさを増していく乙女たちの戦い。
男性プロ棋士相手にも互角以上の戦績を誇りながら奨励会を退会した天野香織の過去や、天野香織以外に興味を持たない早乙女香の歪さ。
将棋だけでなく、将棋界や少女の成長など、様々な要素が絡み合った内容となっています。
【補足・解説】女流棋士とプロ棋士の違い、奨励会について
ご存じの方も多いかと思いますが、女流棋士とは女性のプロ棋士のことではなく、一般のプロ棋士とは異なる女性専門のプロ制度におけるプロです。
要はプロはプロなんですが、女性だけで作られた別リーグ内でのプロという位置付け。
整理すると、
プロ棋士
一般にプロと呼ばれる将棋のプロで、段位4段以上の者を指す。
養成機関である「奨励会」を経てプロになる場合と、プロ編入試験を経てプロになる場合があるが、後者の条件は厳しく、とても狭き門となっている。
なお、歴史上女性がプロになった例は存在しない。
奨励会
プロ棋士の養成機関。
6級から三段まで各リーグ戦が存在し、三段リーグを突破するとプロになることができる。
満21歳までに初段、満26歳までに四段になれなかった者は年齢制限により退会となる。
女流棋士
女流棋士を名乗るには女流棋士2級となる必要があり、その方法として一般的なのは研修会に参加してB2クラスに昇格すること。
それ以外にもアマチュアとして女流公式戦に参加し一定以上の成績を残す、あるいは奨励会員を退会して女流棋士に編入することもできる。
ちなみに、女流棋士の最下級である女流2級は、奨励会の最下級である6級と同程度の実力だと言われています。
悪く言えば、女流棋士はプロ、あるいはプロ予備軍の奨励会員からすると一段劣る存在なんですよね。
女性からプロ棋士が誕生しない理由はいくつも言われていますが(絶対的な競技人口、女性特有の不調が長期の棋戦に与える影響、脳の向き不向きなど)、それを言い出すとキリがないのでここでは割愛しておきます。
「永世乙女の戦い方」主な登場人物(ネタバレ注意)
早乙女 香(さおとめ こう)
本作の主人公で17歳、高校2年生の少女。
将棋の女流棋士・女流初段。
小学生の時、当時高校生だった天野香織に将棋を教わり、天野香織と対決することだけを目標に女流棋士となる。
目的が天野香織だったため、プロ棋士は目指したことがなく、奨励会にも入っていない。
基本私生活はズボラで片づけは苦手、髪の結ぶ位置さえ左右非対称。
将棋にかまけて学校は遅刻が多く、交友関係も将棋を優先して狭い。
部屋には天野香織の切り抜きを貼っていているが、天野の対局はほとんど見たことがないなど、非常にアンバランスな少女。
天野 香織(あまの かおり)
本作のラスボスであり主人公の目標。
年齢は24歳で女流七大タイトル全てを保有している女流棋士界の絶対女王。
難病持ちらしく、幼い頃から入退院を繰り返しており、日常生活では手袋が欠かせない(本当はマスクも必要)。
男性棋士相手にも七割を超える高い勝率をほこり、プロ棋士になってもおかしくない実力者ではあるものの、既に奨励会を退会している(恐らく病気が理由と推察される)。
主人公の香に将棋を教えた人物であり、その際、
「10年経ったら、私死んじゃうと思うから」
と発言し、早く自分がいる場所に来るよう香に促していた。
角館 塔子(かくのだて とうこ)
20歳の大学生で女流棋士三段。
プロ九段の父親を師に持ち、かつては女流タイトルを保有していたこともある実力者。
実家は都内だが関西の大学に進学している。
過去、奨励会に所属していたものの、既に退会している。
早乙女香のデビュー戦の相手であり、香に黒星をつけた因縁の相手。
将棋が絡まなければ基本お上品なお嬢様。
棋風はミスが少なく、どんな時でも95点の将棋を指し続けるタイプ。
かやね(かやちゃん)
塔子の妹弟子にあたる女流棋士。
第一話のマイナビ予選で早乙女香と対局し敗北する。
後日、自分の手に納得がいかなかったのか、静岡からわざわざ早乙女香に会いに東京まで訪れるなど、かなりアグレッシブ。
負けた後は落ち込み方が面倒くさい。
須賀田 空(すがた うつろ)
14歳の少女で、中学2年生の天才棋士。
女流棋士ではなく奨励会二段で、今一番プロに近い女性棋士とされている。
性格や素行はかなり悪く、女流棋士を「将棋コンパニオン」などと見下し、嫌っている。
早乙女香と同じく天野香織がきっかけで将棋を始めたが、香と違ってその事実を汚点と考えている様子。
作中では将棋道場において香の前で天野香織を侮辱し、香と対局を行う。
しかし香を舐めて角落ちのハンデを与えた挙句に敗北するなど、天才ではあるが非常に脇が甘い。
亜久原 初音(あくはら はつね)
香の姉弟子であり、高校3年生の女流棋士初段。
私生活が無惨なことになっている香の指導係。
今期限りで女流棋士を引退しようと考えていた。
夏木 小百合(なつきさゆり)
通算獲得タイトル数歴代一位を誇る51歳の女流棋士七段。
あらゆる意味で強くいやらしい女傑。
年を経るほどに強く、棋風が若返っており、ファンの間では魔女と呼ばれている。
アナスタシア(アーニャ)
小学4年生の天才アマ棋士。
日本人の父とロシア人の母を持つハーフ。
祖父や父の影響で将棋を初め、小学生ながらマイナビ女子オープン本戦に出場する。
支倉(はせくら)
マイナビ出版のクロスワード担当の女性編集者。27歳。
将棋にはまったく興味がなかったが、同僚に誘われ棋戦を観戦し、早乙女香の将棋の打ちまわしに魅入られ、徐々に将棋の世界にのめり込んでいく。
将棋担当記者の同僚に同行し、天野香織の取材に参加したこともある。
「永世乙女の戦い方」感想&評価
心理描写と少女の心の成長が物語の軸にあり、将棋を知らなくても楽しめる
「永世乙女の戦い方」は将棋漫画ではありますが、対局は登場人物の心理描写を軸に描かれており、将棋を知らなくても全く問題なく楽しめます。
どちらかというと、将棋をテーマにした「バトル」といった印象が強いですね。
登場人物の心理描写が本当にドギツくて、「殺す」とか「死ね」とか、負けると(精神的に)「死ぬ」とか、本当に「戦っている」感じが前面にでているんです。
くずしろ先生の描く女の子が可愛らしいだけに、余計にその迫力が増しています。
バトルに加えて物語の軸となっているのが、将棋界における女流棋士の微妙な立ち位置。
女流棋士ってどうしても「プロ棋士」になれない女性のためのものってイメージが強いんですけど、この作品ではそんな微妙な女流棋士について、現役の女流棋士・香川女流三段が監修に入って真っ向から描いています。
またもう一つ、将棋を指し、そこに全てを注ぎながら、天野香織以外に何ら興味のない歪な主人公・早乙女香の成長も見どころの一つ。
将棋によって縛られた少女の世界が、将棋を通じて少しずつ開いていく物語なのでは、と感じています。
こんな人におすすめ
「女流棋士って何?」と思っている方、あるいは「女流棋士って結局弱いんでしょ?」と思っている方、是非読んでみてください。
将棋、女流棋士にあまり関心がない方にこそ、読んで欲しい作品です。
きっとイメージが180°変わりますよ。
もちろん、シンプルに将棋が好きな人が読んでも楽しめる作品です。
逆に難点としては、くずしろ先生の作風的にかなり百合百合しい(直接的な描写はありませんけど)雰囲気漂う内容となっていますので、そういうのが苦手な方には向かないかもしれません。
いや、本当に凄く苦手な人はひょっとしたらダメかも、っていうレベルですけど。
そこさえクリアできるのであれば、少しでも興味を持った方は是非ご一読を。
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