今回は「BUNGO」の作者として知られる「二宮裕次(にのみやゆうじ)」先生について解説します。
二宮裕次先生は愛知県出身の男性漫画家。
専門性の高いスポーツ漫画を主に手掛けており、中々芽が出ませんでしたが「BUNGO」のヒットで一躍人気漫画家の仲間入りを果たしました。
社交的な熱血漢として知られており、森川ジョージ先生を始め交友関係が広いことでも有名。
本記事ではそんな二宮裕次先生のプロフィールや素顔、交友関係などを中心に解説してまいります。
目次
「二宮裕次」先生のプロフィール
引用元:二宮裕次(X)
基本プロフィール(性別、年齢など)
| 性別 | 男性 |
| 生年月日 | 1981年? |
| 年齢 | 44~45歳?(2026年7月現在) |
| 出身地 | 愛知県 |
二宮裕次先生は愛知県出身の男性漫画家。
子供の頃はスポーツ少年で野球やバスケットボールに打ち込んでいたそうです。
漫画家を目指すと決めたのは18歳の時。
ただその時点では漫画家になれない可能性も高いと思ったため、しっかり大学を卒業した後、そこから専門学校に通って漫画の基礎を学んだそうです。
そして本格的に漫画家を目指して24歳の時に上京。
アシスタントとして長い下積み時代を経験することとなります。
漫画家としての経歴
二宮裕次先生は2013年、32歳の時に週刊少年マガジンでバスケットボール漫画「LASTMAN」で連載を勝ち取りプロデビュー。
しかしこの作品は人気が振るわず23話で打ち切りに。
その後、2015年に週刊ヤングジャンプで野球漫画「BUNGO -ブンゴ-」の連載がスタートし、これが大ヒット。
2025年には高校生編「BUNGO-unreal-」がスタートし、現在に至ります。
「二宮裕次」先生と森川ジョージ先生
二宮裕次先生は「はじめの一歩」で知られる森川ジョージ先生と親しいことで知られています。
二宮裕次先生は森川ジョージ先生の仕事場でアシスタントをしていたわけではありませんが、棚橋なもしろ先生の下でアシスタントをした時に、その繋がりでパーティーなどに参加し、親しくなったそう。
二宮裕次先生の方から森川ジョージ先生の方にぐいぐい近づいてアドバイスなどをもらい、森川ジョージ先生も厳しく接してもへこたれない二宮裕次先生を気に入って今の師弟関係が出来上がったそうです。
「BUNGO -ブンゴ-」の連載前にも色々とアドバイスをもらっていたそうで、森川ジョージ先生がいなければこの作品はなかったも語っておられました。
「二宮裕次」先生の交友関係
二宮裕次先生はアシスタント経験が長い上に社交的な性格で、森川ジョージ先生以外にも非常に交友関係が広い作家さんです。
まずアシスタントとして師事していたのが綾峰欄人先生、瀬尾公治先生、棚橋なもしろ先生など週刊少年マガジン連載作家。
また「忘却バッテリー」の作者みかわ絵子先生は瀬尾公治先生の下で一緒にアシスタントとして働いていた中で、「BUNGO -ブンゴ-」の連載がスタートした時にはアシスタントとして手伝っていただいていたこともあるそうです。
また野球関係者にも知り合いが非常に多く、よく飲み会などに読んでもらって取材などに繋げているそうです。
「二宮裕次」先生の素顔
二宮裕次先生は漫画家らしからぬ非常に爽やかな男性。
インタビューなどにもよく応じておられ、社交的で人脈が広いことで知られています。
非常に女性にモテていたらしく、しょっちゅう彼女が変わって森川ジョージ先生を驚かせていたそうです。
また一緒に働いたことのあるみかわ絵子先生は、二宮裕次先生の職場は非常に環境がよく、過ごしやすかったと絶賛。
女性に対して気遣いができる男性なのでしょうね。
「二宮裕次」先生と炎上(育児)
二宮裕次先生は既婚者で、2025年12月時点で3人の子供がいることが分かっておられます(4歳、2歳、0歳)。
元々先生は休載が多めで、そのことを嘆いたファンのSNSに二宮裕次先生が反応し、育児で忙しいことを説明したところ、何故かこれが炎上してしまいました。
炎上理由としては育児が理由で休載が多いことそのものより、事情を知らず休載を嘆いた個人のポストを引用してさらし上げるような形になったことが問題視されたようです。
二宮裕次先生としては事情を知らないとファンも思うところがあるだろうと、事情を説明しただけなのですが、中々SNS上での振る舞いというのも難しいですね。





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