今回はアニメ化、実写化もされた大人気漫画「弱虫ペダル」から、山の皇帝・雉弓射に憧れる少年「壱藤 丹貴(いちふじ にたか)」について解説します。
壱藤丹貴はMTB編で主人公・小野田坂道と対戦したMTBレーサー。
レース出場経験こそ無かったもののその実力は高く、MTB初心者の小野田を大いに苦しめました。
MTB編後は雉弓射に弟子入りし、彼のために転校までする忠犬ぶりを発揮。
本記事ではそんな壱藤丹貴のプロフィールや名前にまつわるネタなどを中心に解説してまいります。
「弱虫ペダル」壱藤丹貴のプロフィール
基本プロフィール(誕生日、身長、声優、自転車)
所属 | 群馬県立上前橋高校 →陵成学園高校 |
身長 | 172cm |
体重 | 60kg |
誕生日 | 10月23日 |
タイプ | 不明 |
愛車 | MERIDA |
声優 | ー |
壱藤丹貴はMTB編において主人公の小野田坂道と対戦した少年。
学年は小野田より1学年下で、群馬県の高校に通っています。
外見は鋭い目つきをした金髪の少年。
負けん気が強く、やや生意気なところはあるものの、認めた相手には忠犬のように付き従う体育会気質の持ち主です。
果物全般が好きで、レースの勝利を「果実」に例えて話をするクセがあり、「山の皇帝」こと雉弓射に憧れ、いつか彼と同じレースで表彰台に立つことを目標としていました。
決して悪い奴ではないものの、中学時代はMTBにのめり込み過ぎてしまい、友達が少なかったのだそうです。
名前に関して鉄板ネタを持つ
壱藤丹貴(いちふじにたか)は名前に関して非常に良い鉄板ネタを持っています。
「オレは壱藤」
「壱藤丹貴!」
「3のナスビはどうしたとか」
「くだらないツッコミは」
「聞き飽きてる!」
流れるような良い掴みですね。
スベらない自己紹介のネタは財産です。
ちなみに、壱藤丹貴は当初坂道に名を名乗っていなかったため、彼の「フォウ!」という口癖から坂道に「フォウさん」と呼ばれていました。
”比較の獣”と同じ呼び名って……まあ別に版権云々はないだろうけど……
「弱虫ペダル」壱藤丹貴の初登場(MTB編)
小野田坂道が参加したビギナーレースに出場
壱藤丹貴の初登場はMTB編の終盤。
坂道が雉のサプライズで急遽参加することになったMTBのビギナーレースに出場し、坂道と激戦を繰り広げることになります。
ビギナーレース、つまりレース初出場の壱藤丹貴でしたが、実は彼は雉も認める実力者。
本来であればレース経験がないのが不思議なほどですが、壱藤丹貴は「最初のレース」を確実に「勝ち」にするため、これまで万全の準備を積んできました。
その「勝ち」への執着は雉さえも認めています。
いくら坂道がロードバイクのIH王者であろうと、ロードバイクとMTBで求められる技術はまた別物。
得意のハイケイデンスも泥道ではスリップしてしまい、上手く使うことができません。
一度は完全に坂道を突き放し先頭を走っていた壱藤丹貴。
しかし勝利に向かって突き進む彼を、背後から「恋のヒメヒメぺったんこ」バラード・バージョンを歌う悪夢のような存在が追走します。
勝利を目前に経験不足が露呈する
歌えば復活して速くなる。
そんな悪夢のような法則を持つ男に追い付かれたものの、テクニカルエリアで再び坂道を突き放す壱藤丹貴。
坂道は持ち前の粘りで差を詰めますが、彼らがゴール前に現れた時、その差は30m。
MTBのトップ選手である雉や吉丸雷音から見ても厳しい差でした。
それでもIH覇者の底力を見せ、ギリギリまで迫る坂道。
そのままゴールを駆け抜けていれば、勝っていたのは壱藤丹貴だったはずです。
しかしレース経験のない壱藤はゴール直前で勝利を確信、手を挙げて僅かに足を緩めてしまい、最後の最後で坂道に追い抜かれてしまいました。
レース後、負けたことを受け入れられず坂道に絡んだものの、雉の言葉ですぐ我に帰り、敗北を受け入れた壱藤丹貴。
負けはしましたが、その心の在り方を雉に認められ、レース後に彼の弟子となっています。
そして表彰台では小野田に対する言葉遣いを目上の人間に対するものに改めていました。
一つのレースを通じて本当に大きく成長していますね。
「弱虫ペダル」壱藤丹貴と雉弓射(過去)
壱藤丹貴と雉弓射の出会いは2年前、壱藤丹貴が中学3年生の時のこと。
「うまいね、キミ」
「センスあるよ」
そう、雉から話しかけられました。
当時友達が少なく尖っていた彼は、突然の誉め言葉に戸惑い、思わず失礼な態度をとって雉を追い払ってしまいます。
しかしその1週間後、雉の一度目のIH優勝を目の当たりにした壱藤丹貴はその凄さに感動。
すぐに雉に謝罪し、雉について回るようになります。
雉もそんな壱藤丹貴を気に入っており、周囲からは既に師弟関係のように思われていました。
ただ、壱藤丹貴はレースに出たことがなく、レースの場で現れる彼の「本当の姿」を知らなかった雉は、彼を可愛がってはいても弟子とは扱っていませんでした。
正式に彼を弟子にしたのは坂道と激闘を繰り広げたビギナーレースの後。
壱藤丹貴の剥き出しの姿、勝ちへの衝動を認めた後のことになります。
「弱虫ペダル」壱藤丹貴、雉の為に転校しロードレース参戦
壱藤丹貴は雉弓射がMTBとロードバイクでIHのW優勝を目指すと聞き、彼の役に立ちたいと親を説得して雉のいる陵成学園高校に転校。
雉の手足となって共に自転車競技部を設立しています。
大変な決断だったでしょうが、雉の偉業を一番近くで見れると、壱藤丹貴に全く後悔はありません。
雉は団体行動や人付き合い、細かい段どりが苦手そうなので、そのあたりを体育会系の壱藤丹貴がカバーしている印象ですね。
チームのメンバーはまだロードバイクにこそ慣れていませんが、MTB出身で潜在能力の高いメンバーが集まっている模様。
既に箱根学園や京都伏見も注目する台風の目となっています。
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