今回は「少年ジャンプ+」で「ラーメン赤猫」を連載中の「アンギャマン」先生について解説します。
アンギャマン先生は投稿サイト「ジャンプルーキー!」に投稿した猫のお仕事コメディ「ラーメン赤猫」が瞬く間に人気となり、「ジャンプ+」でのインディーズ連載を経て通常連載を勝ち取った初の漫画家です。
今でこそアニメ化もされた人気漫画家ですが、しかしそこに至るまでの経歴は挫折と苦悩に満ちていました。
本記事ではアンギャマン先生のプロフィールや経歴、ルポ漫画リアル遠足シリーズやラーメン赤猫誕生の経緯を中心に解説してまいります。
アンギャマン先生のプロフィール
基本プロフィール(性別、年齢、誕生日、出身地など)
性別 | 男 |
生年月日(誕生日) | 不明(1982年生まれ) |
年齢 | 不明(2024年時点で41~42歳) |
出身地 | 大阪府 |
アンギャマン先生は「ジャンプ+」で連載中の「ラーメン赤猫」がヒットし、瞬く間に有名となった男性漫画家。
年の離れた兄が二人いたため家に漫画や娯楽の類が多く、一通り遊んで飽きると頭の中の空想を絵にして遊んでいたのが漫画を描き始めたきっかけだそうです。
幼い頃から絵を描くことが好きしたが、初めて漫画を描いたのは高校生の時。
進路ややりたいことに悩んでいた頃、何となく自分は漫画家になれると思って描き始めたのだとか。
漫画賞への投稿などもしていたそうですが、二作目の作品が月例賞の最終候補に残った際に「某作品のパクリ」との寸評をされて大ショック。
作品の投稿は止めて一時期活動場所をインターネット上に移していたそうです。
受賞歴・作家としての経歴
2007年頃からネット上で活動していた先生は、2008年ごろから寺社仏閣を目指して徒歩で長距離旅を行う様子を描いたルポ漫画「リアル遠足」シリーズを掲載し話題に。
そのうちの一つ「伊勢巡礼編」は当時のペンネームだった左剛蔵名義で書籍化もされましたが全く売れず、経済的に困窮してしまいます。
その後とうとう生活が成り立たなくなり、就職。
しかしそこでも色々あって(詳細不明)漫画家を仕事にすると改めて決意。
2017年に「少年ジャンプ+」で読み切り作品「鬼の影」が掲載され商業デビューを果たしました。
ただその後も読み切り、連載、連載終了、連載企画ボツと上手くいかず、どんどん経済的な余力を失っていくことに。
追い詰められたアンギャマン先生はこれが経済的にも最後のチャンスと、最速で結果を出すため「ジャンプ+」での「インディーズ連載」の権利を獲得できる投稿サイト「ジャンプルーキー!」に「ラーメン赤猫」を投稿。
これが連載を獲得して大人気となり、現在に至ります。
アンギャマン先生とペンネーム(左剛蔵)
元々アンギャマン先生はネット上で活動を行っていた際「左(ひだり)」名義で活動していましたが、後から同名のイラストレーターがいることを知り、その方が自分より上手いので失礼にあたらないようにと「左剛蔵(ひだりごうぞう)」に変更。
その後しばらくは左剛蔵名義で活動していましたが2011年から「アンギャマン」に再び改名しています。
当時連載していた「リアル遠足」シリーズのタイトルが「アンギャマン リアル遠足伊勢巡礼編」で、これがそのままペンネームになった形です。
言うまでもありませんがアンギャマンは「行脚」からきています。
アンギャマン先生とリアル遠足シリーズ
アンギャマン先生の「リアル遠足」シリーズとは、大阪から寺社仏閣を目指して行う長距離の徒歩旅の実際の写真を背景に、先生本人と一つ目のキャラを主人公に毎日1ページを描いたルポ漫画。
当時ネタに困ったアンギャマン先生が、流行りのドキュメンタリー映画に影響を受けて始めたそうです。
当初は奈良とか伊勢とか比較的近場だったのが、いつの間にやら大阪から島根の出雲大社まで行くことになったり、四国のお遍路を回っていたりどんどん企画がエスカレートすることに。
「伊勢巡礼編」は「KADOKAWA」から単行本として出版されており、また「高野山編」は「ジャンプルーキー!」に投稿されています。
アンギャマン先生とラーメン赤猫
経済的余裕を失ったどん底からのスタート
「ラーメン赤猫」が始まる前、アンギャマン先生はどん底の状態にありました。
当時「ジャンプ+」に読み切りが何度か掲載され、「夜ヲ東ニ」で連載も経験していましたが、「夜ヲ東ニ」は連載半年強で打ち切りに。
その後、1年近くかけて連載準備をしますが、全て連載会議でボツになり、アンギャマン先生は経済的余裕を失っていきます。
追い詰められたアンギャマン先生は、かつて短編予定でネームだけ書き、お蔵入りにしていた「ラーメン赤猫」を連載用に仕上げ、これが最後のチャンスと最速で結果が出る「ジャンプルーキー!」に投稿。
これが瞬く間に大人気となり、見事「インディーズ連載」の権利を獲得することとなります。
インディーズ連載獲得後も悲観的だったが……
実は当時、担当さんからはインディーズ連載ではなく連載会議に回して正式な連載を目指してはとの提案もあったそうですが、そうした時間のかかる選択肢を選ぶ経済的余裕はアンギャマン先生にはなく、そのままインディーズ連載を開始。
「赤猫の初期話」には当時の苦しい状況や、いつ打ち切られないか戦々恐々としている様子が綴られています。
インディーズ連載だしコミックス刊行の可能性は「ほぼゼロ」と語ったり、むしろ書籍化されるとコストがかかって打ち切りリスクが高まるから怖いとか弱気な発言ばかり。
しかし先生はそのどん底の状況から見事に躍進。
インディーズ連載からは初の通常連載移行を成し遂げ、書籍化どころかアニメ化まで成し遂げることとなります。
本当にとんでもない逆転ストーリーですね。
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