今回は「BLACK LAGOON」の作者として知られる漫画家「広江礼威(ひろえれい)」先生について解説します。
広江礼威先生は神奈川県出身の男性漫画家。
元々ゲーム会社に勤務していて、イラストレーターとしてキャラクターデザインなども多く手掛けています。
一方で政治的発言により炎上することが多く、長年鬱病をわずらいその活動は不安定なものとなっています。
本記事ではそんな広江礼威先生のプロフィールや経歴、鬱病やその政治的発言を中心に解説してまいります。
目次
「広江礼威」先生のプロフィール
引用元:広江礼威(X)
基本プロフィール
| 性別 | 男性 |
| 生年月日 | 1972年12月5日 |
| 年齢 | 53歳(2026年6月現在) |
| 出身地 | 神奈川県(生まれは東京) |
広江礼威先生は神奈川県出身の男性漫画家。
幼い頃はどちらかと言えばアウトドア派で、特別漫画が好きということもなかったそう。
絵を描くようになった切っ掛けは中学2年生のとき同じ学校の先輩の山中虎鉄さんに勧められたこと。
ただしその時も本格的に漫画を描いたり漫画家を目指したりということはなかったそうです。
高校卒業後はゲーム会社に就職し、「れっどべあ」名義で同人活動を行うようになります。
漫画家としての経歴
広江礼威先生はゲーム会社から別のゲーム会社に転職した際、編集プロダクション部門に配属されるのですが、その際「月刊コミックコンプ」の作家が足りないという理由で急遽連載を描かされることになり「翡翠峡奇譚」でプロデビュー。
この作品は「月刊コミックコンプ」の廃刊により未完のままとなってしまいますが、この時には「もう漫画家しかできないな」という心境になっていたそうです。
その後、同人活動などを経て月刊コミックドラゴンで「SHOCK UP!」が連載されるも、担当編集者と折り合いが悪くすぐに打ち切り。
「コミックガム」で「PHANTOM BULLET」を短期集中連載した後、「月刊サンデージェネックス」に読み切り版「BLACK LAGOON」を掲載したところこれが好評。
2002年から連載が始まり、これがアニメ化もされる大ヒット作となります。
「広江礼威」先生と鬱病
「BLACK LAGOON」を切っ掛けにヒット作家の仲間入りを果たした広江礼威先生ですが、2010年に鬱病を発症したことで知られています。
以降は治療を続けながら長期休載を挟みつつ、自分のペースを守って「BLACK LAGOON」の連載を続けています。
詳しい原因は不明ですが、元々繊細な方だったようで、ハードな漫画連載やお父さんがお亡くなりになったことなどが重なり、徐々に漫画を描けなくなっていったそうです。
当時の「BLACK LAGOON」は大人気で、休載するとなると先生自身や編集部も苦渋の決断だったわけで、相当酷い状態だったと言われています。
今は大分改善しているそうですが、それでも一度壊れたものは完全には治らないともインタビューで語っており、鬱病というのは本当に怖いですね。
「広江礼威」先生と政治的発言(炎上)
広江礼威先生はSNSなどでご自身の政治的意見や立場などを積極的に発信されるタイプの作家さんです。
今は大分落ち着いておられますが、昔はかなり過激な発言もしておられ、その都度炎上していました。
敢えてこの場では先生の主義主張やどこの政党を支持しているとかには触れませんが、本当に色々と叩かれていました。
政治的信条は人それぞれなので個人的にその是非について触れることはしません。
ただ表現者が政治に対して自由に意見を述べられない社会はどうなのかと思う一方、読み手も作家のそういった部分が見えてしまうと素直に作品を楽しめなくなるという意見も分かるので、中々根深い問題だなと思います。
「広江礼威」先生とキャラクターデザイン(FGOなど)
広江礼威先生は漫画家としてだけでなくイラストレーターとしても活躍しておられ、ゲームのキャラクターデザインなども多数手掛けています。
有名どころではFGOの「ケツァル・コアトル」と「ククルカン」で、言われてみればあの独特の悪い顔はまさに広江礼威先生のものだな、と納得ですね。
この他だと「アリス・ギア・アイギス 」の春日丘もえと波佐見利佳なども先生がデザインを担当されています。
「広江礼威」先生の素顔
広江礼威先生は素顔非公開の作家さん。
分かっているのはとんでもない愛煙家でミリタリーマニアということぐらいで、プライベートに関することはほとんど分かっていません。
結婚しているかどうかも不明で、経歴や日頃のSNSでの発言を見る限り恐らく独身ではないかな、と。
下には交流のある漫画家・東毅先生のYouTubeに出演した際の動画を張っておきます。



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