「とよ田みのる」~「これ描いて死ね」作者、その妻や素顔、人間関係(藤田和日郎など)~

 今回は「これ描いて死ね」の作者として知られる「とよ田みのる」先生について解説します。

 とよ田みのる先生は東京都出身の男性漫画家。

 遅咲きの苦労人でしたが、「これ描いて死ね」がマンガ大賞2023大賞を受賞するなどし一気に花開いた作家さんです。

 漫画に生きて死ぬと覚悟を決めた情熱の人。

 本記事ではそんなとよ田みのる先生のプロフィールや素顔、奥様(妻)や人間関係を中心に解説してまいります。

「とよ田みのる」先生のプロフィール

基本プロフィール(年齢など)

性別男性
生年月日1971年10月7日
享年54歳(2026年8月現在)
出身地東京都

 とよ田みのる先生は東京都出身の男性漫画家です。

 ただ東京と言っても色々と伊豆大島出身で都会っ子というわけではありません。

 東京造形大学造形学部卒業後、本格的に漫画家を目指したのは25歳とかなり遅め。

 同人作家としても活動しつつ作品の投稿を続けていましたが中々芽が出ず、それでも諦めることなく漫画を描き続けた苦労人ですね。

漫画家としての経歴

 とよ田みのる先生は2000年に「レオニズ」でアフタヌーン四季賞で佳作を受賞するもののデビューはならず。

 当時はSF、ファンタジーを多く描いていましたが落選が続き、思い切って路線変更した「ラブロマ」が2002年にアフタヌーン四季賞大賞を受賞しデビューを果たします。

 2003年には「ラブロマ」の連載もスタートしますが、その後中々ヒットが出ず苦悩することに。

 2016年に「ゲッサン」で連載がスタートした「金剛寺さんは面倒臭い」は、当時全く企画が通らない時期が続き、遺書のつもりで描いたもの。

 一度ボツになったものが偶々「ゲッサン」の編集長の目に留まり、連載後は怪作として人気を博すことになります。

 そして2021年に「ゲッサン」で連載された「これ描いて死ね」がマンガ大賞2023大賞を受賞し、一気に時の人となりました。


「とよ田みのる」先生と「これ描いて死ね」


 「これ描いて死ね」はとよ田みのる先生の代表作にして出世作。

 先生の故郷である伊豆大島をモデルにした伊豆王島を舞台にした女子高生が、休業中の漫画家との出会いを切っ掛けに漫研を設立し、仲間たちと漫画制作に挑んでいく作品です。

 とよ田みのる先生ご自身は、「きらら系」の女子高生四人がキャッキャしてる作品を描こうとしたそうですが、結果的に先生の漫画に対する苦悩と挫折などがふんだんに織り込まれた怪作となっています。

 というか、「これ描いて死ね」というタイトルからして「きらら系」ではないですよね。

「とよ田みのる」先生の素顔

 とよ田みのる先生はお髭の優しそうな雰囲気の男性。

 インタビューなどにも積極的に応じておられ、過去の経験などを語っておられます。

 本当に苦労人で漫画を描くのが好きな人なんだなという印象。

 同時に、好きなことを仕事にする苦しさを長年味わってきた方で、コメントなどからは単なる成功者ではない苦みと深みが感じられます。


「とよ田みのる」先生の奥さん(妻)

 とよ田みのる先生の奥さんは漫画家兼イラストレーターのトミイマサコさん。

 とよ田みのる先生がデビューを果たした2002年アフタヌーン四季賞春の次、夏のコンテストで審査員特別賞を受賞してデビューしておられます。

 現在はSNSなどにエッセイ漫画を投稿しつつ、書籍の装画・挿画などを描いておられるそう。

 幻想的に味のある作風が特徴で、個展なども開いておられます。

「とよ田みのる」先生の人間関係

 とよ田みのる先生の師匠については不明。

 漫画を描き始めたのがかなり遅いので、誰にも師事せず独学で学んだ可能性が高そうですね。

 小学館の少年サンデーの作家さんとは親交が深いようで、福地翼先生には資料を提供してもらったり、藤田和日郎先生から応援イラストを頂いたりしていました。

 特に藤田和日郎先生は漫画に全てを捧げた怪物なので、とよ田みのる先生みたいな苦労して苦労して漫画の世界にしがみ付いて成功した人とか本当に相性が良さそうですよね。



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