「弱虫ペダル」東堂尽八~山神、巻島との出会いと約束、真波との関係、名言、声優、大学編、東堂庵のモデルは今~

 今回はアニメ化、実写化もされた大人気漫画「弱虫ペダル」から、残念な美形だけど実は最高にかっこいい男「東堂 尽八(とうどう じんぱち)」について解説します。

 東堂は王者箱根学園のエースクライマーであり、千葉総北のエースクライマー巻島の最大のライバルとして登場したキャラクターです。

 美形で能力はこの上なく優秀ですが、ナルシストで言動が一々残念な東堂。
 しかしその本質は一途で純粋、心に熱いものを秘めた少年でした。

 本記事では東堂の活躍と名言、巻島との関係や卒業後の動向(大学生活)などを中心にその魅力を語ってまいります。

「弱虫ペダル」東堂尽八ってどんな奴?

基本プロフィール(誕生日、身長、声優、ロードバイク)

所属箱根学園 → 筑士波大学
身長174cm
体重61kg
誕生日8月8日
タイプクライマー
愛車リドレー(白い車体に赤ロゴ)
声優柿原徹也

 東堂は王者箱根学園のエースクライマーにして副主将として、作中1年目のIHで登場したキャラクターです。

 外見は艶やかな黒髪を肩のあたりまで伸ばした端正な顔立ちの少年で、前髪を留める白いカチューシャがそのトレードマーク。

 性格は自らを「美形」「天才」と称するナルシストで、一々主張がうるさい残念な自信家です。

 しかし、実際にファンクラブもあり「美形」であることは間違いなく、クライマーとしての実力・才能は高く「天才」であることも事実。
 ただ、それに関する自己主張が強すぎるため、残念なイメージが強く根付いていますね。

 お調子者ではありますが実は箱根学園の同級生の中では一番真面目。学業や日常生活に関してしばしば周囲を注意している姿が見受けられます。

 女性ファンを意識し、常にファンサービスを怠りませんが、女好きというわけではなく単にチヤホヤされている自分が好きなだけ、というのも東堂のかわいいところです。

実家は老舗旅館「東堂庵」、モデルとなった実在の旅館はコロナで廃業

 東堂の実家は箱根の老舗旅館「東堂庵」で、東堂はその跡取り息子。

 実家のことは誇りに思っており、跡継ぎとしての自覚か旅館施設の個人的な使用は避けるなど、真面目な部分が垣間見えます。

 この「東堂庵」のモデルとされているのが箱根町小涌谷に実在する三河屋旅館です。

 三河屋旅館は数年前、多額の負債を抱えて倒産寸前だったところを、社長の息子夫婦が跡を継いで経営を立て直したというニュースが流れていましたが……何と昨今のコロナ禍で倒産してしまったそうです。

 弱虫ペダルファンにとっては聖地とも呼べる場所だったので、ただただ残念でなりません。


「弱虫ペダル」東堂尽八の人間関係

次期エースクライマー、真波山岳に伝えた「自由に走れ」

 真波山岳は(物語開始当初)1年生ながら箱根学園のクライマーとして、東堂たちとともにIHに出場したキャラクターです。

 東堂は同じクライマーだからか、それとも女性ファンを取り合う美形同士(とういう東堂の認識)だからか、当初から非常に真波のことを気にかけていました。

「オレと女子ファン取り合いになってるからな」
「女子の人気を二分しちまうという天においては問題が」

真波の側も東堂の実力とその自分に対する理解の深さから東堂のことを慕っています。

 東堂は基本的に真波に対しては寛容で、彼にはいつも同じことを伝えています。

「自由に走れ」

 どんな時でも、真波は自由に走っている時が一番強いと東堂は理解していたのです。

 チームの勝利をかけたレースの前でも、敗北して落ち込んでいる時でも、東堂は真波に同じ言葉をかけ続けました。

 本人以上に真波のことを理解していたのが東堂という男だったのでしょうね。

終生のライバル巻島裕介、その出会い、二人の約束、勝負の行方は

 東堂と巻島は、高校時代何度もクライムレースで凌ぎを削ったライバル同士です。

 彼らの出会いは2年生の時のクライムレースでした。

 レース前に遭遇した2人ですが、その時は自信過剰な東堂と陰気な巻島の性格が噛み合わず、互いに髪やカチューシャを馬鹿にして大喧嘩。

 互いにいい印象を持っていなかった2人ですが、レースになると互いの印象は一変します。

 異様な走り方と速さでレースでの勝利をもぎ取った巻島。
 そしてまた次のレースでは見た目に似合わぬ静かで無駄のない走りで東堂が勝利。

 何度も勝利と敗北を繰り返し、互いの戦績は14戦7勝7敗と全くの五分。いつしか2人は互いに認め合うライバルとなっていました。

 迎えた15戦目では巻島のマシントラブルで勝負がつかず、2人はIHで決着をつけることを約束します。

 そしてIH初日の山岳リザルト。
 当初は千葉総北側のトラブルにより巻島が動けず、勝負は流れたかと思いましたが、小野田坂道の頑張りにより巻島が山岳勝負に間に合い、東堂と山岳は約束の勝負に臨みます。

「ヨォ! 東堂、どぉだコンディションは!?」
「オレは……たった今絶好調になった!」

 そして激戦の末、ラストクライムは僅差で東堂の勝利に終わりました。

「ありがとう、楽しかったよ3年間」

 それは様々な想いがこもった、心からの言葉だったのでしょう。


「弱虫ペダル」東堂尽八の活躍と名言、大学生活(進路)

大学は巻島との縁を求めて筑士波大に進学

 IHで巻島と決着をつけることができた東堂ですが、本来であれば大学でも、あるいは更に上のステージでも、ずっと巻島と競い合っていたかったというのが彼の本音だったでしょう。

 しかし巻島はIH終了後、家庭の事情でイギリスに渡ってしまいました

 宙ぶらりんに近い状態になってしまった東堂ですが、高校卒業後は筑士波大学に進学し、自ら部を創設して自転車競技を続けています

 進学先は福富や荒北といった箱根学園の仲間とは別々ですが、中学時代に東堂をロードレースに引き込んだ糸川修作、そして総北の田所迅と同じ大学です。

 ちなみに、筑士波大学を選んだ理由は巻島が留学したイギリスの大学と姉妹校だから。

 元々東堂は巻島が日本で進学予定だった明早大学への進学を希望していましたが、巻島の留学の話を聞いて少しでも縁のあるところを、と進学先を変更したそうです。

 本当、どんだけ巻島が好きなんだよ、って話ですよね。

実は一途で真面目な東堂の活躍と名言

 それでは最後に、東堂の作中での活躍をその名言と共に振り返って行きましょう。

「登れる上にトークも切れる!」
「更にこの美形!」
「天はオレに三物を与えた!」
「箱根の山神、天才クライマー東堂とはこの俺のことだっ!」

 東堂の第一印象と言えばこのセリフ。
 まあ、自分で言うのはどうかと思いますが、実際間違いではないんですよね。

「俺の登りは森さえ眠る」
「だから俺のことを皆は言う」
「”眠れる森の美形”(スリーピングビューティー)」
「スリーピングクライムの東堂ってな!」

 騒がしい外見に似合わぬ静かで無駄のないクライムを見せた東堂。

 ただ、結局口がうるさいので誰もそんな呼び方はせず、影で「森の忍者」と呼ばれているようです。

「三年間、共に競い合ってくれてありがとう巻ちゃん」
「最終勝負だ!」

 巻島とのラストクライムを前に、万感の思いを込めて。

「お前が一人箱根学園のジャージと歴史、プライドを背負い」
「ゴールに向けて走る状態になったのなら」
「その時は自由に走れ」

 IH最終日前、まるで未来を見ていたかのように真波に告げていた言葉。

 まるで未来を見たかのような言葉に、真波は「ほれちゃいそう」とまで思います。

 作中で主人公小野田坂道最大のライバルである真波山岳。
 東堂の「自由に走れ」というこの言葉は、ある意味で真波の作中でのあり方を決定づけた重要な言葉でした。



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