「呪術廻戦」五条悟と宿儺(すくな)それぞれが発した「天上天下唯我独尊」の意味と違い、何話に登場するかなど解説

 今回は大人気漫画「呪術廻戦」から、二大最強キャラ、五条悟と宿儺(すくな)が作中でそれぞれ発した「天上天下唯我独尊」という言葉の意味について解説させていただきます。

 この言葉は非常によく聞く言葉ではありますが、多くの人がこれを誤った意味で用いています。
 ここでは正確な言葉の意味と由来、そして作中ではどのように使われたかなどを中心に、触れていくことにしましょう。

「呪術廻戦」天上天下唯我独尊ってどういう意味?

「唯我独尊」=「天上天下唯我独尊」ではない?

 多くの人が「天上天下唯我独尊」という言葉の意味を「唯我独尊」の延長と考えていますが、まずこれこそが誤用の原因です。

 そもそも「唯我独尊」は「天上天下唯我独尊」の略語がその由来ではありますが、現在では全く別の意味を持つ言葉として使われています。

 一般的に「唯我独尊」は、「自分がもっとも優れているという自惚れ、自分だけが尊いという独りよがり」を指す言葉として使われています。

 多くの人が「天上天下唯我独尊」というと、この「自惚れ、独りよがり」を強調した意味だと解釈していますが、これは全くの逆なのです。

仏教用語としての「天上天下唯我独尊」、解釈は一つではない

 では元となった言葉の意味は何なのか。

 そもそも「天上天下唯我独尊」とは仏教用語。
 お釈迦様が誕生した際に、七歩歩いて天と地を指差し、自分の尊厳を示して発した言葉と言われています。

 この言葉をどのような意図で発したのかはお釈迦様にしかわからないことであり、その解釈は諸説あるのですが、一般的に好んで使われているのは「我」とはお釈迦様のことではなく「我々」のことを指しているのだというもの。

 全ての人が尊い目的を果たすために生まれてきた平等な存在である、という解釈ですね。

 ただ、これは良く曲解し過ぎという意見も多いです。

 原典に近い解釈では、お釈迦様自身が衆生を救う尊い存在、あるいは悟りへと至る(=解脱)尊い存在であることを表している言葉、となっています。

 この場合でも、お釈迦様のことを指しているのですから、自惚れや独りよがりという意味はありません。

 今、一般に使われている「唯我独尊」は「お釈迦様気取りかよ」、とその不相応な振る舞いを示す言葉だと考えれば分かりやすいかもしれません。


五条悟はどういう意味で「天上天下唯我独尊」と言った?

五条悟が「天上天下唯我独尊」と言った状況は(第何話?)

 五条悟が「天上天下唯我独尊」という言葉を発したのは、コミックス9巻、第75話のことです。

 この言葉の直前、五条悟は伏黒甚爾に一度敗北し、死の淵を彷徨っていました

 そしてその死の間際で反転術式を会得し、自らの傷を癒して再び伏黒甚爾の前に現れています。

 一度自らが敗北したことで任務は既に失敗、護衛対象であった天内理子は伏黒甚爾に殺されてしまっています。

 そのことを理解して尚、五条悟は笑いながら伏黒甚爾と戦い、「天上天下唯我独尊」という言葉を発したのです。

 果たしてその言葉の真意はどこにあったのか。

この時のポーズの意味、五条悟は一種の悟りへと至っていた

 その言葉を発した時、五条悟はお釈迦様と同じように右手で天を、左手で地を指差していました。

 つまり、誤用ではなく、正しく「天上天下唯我独尊」という言葉を理解していたのは間違いありません。

 そして同時に、この時の五条悟は限りなくハイになっていました。

「今はただただ、この世界が心地良い」

 天内理子の死を悲しむでも、殺した伏黒甚爾を憎むでもなく、ただ全能感に浸っていたのです。

 つまり、死の間際で「呪力の核心を掴んだ」ことで、五条悟はトランス状態、一種の悟りの境地へと至っており、その自らの状態を表して「天上天下唯我独尊」という言葉を発したのだと思われます。


宿儺(すくな)はどういう意味で「天上天下唯我独尊」と言った?

宿儺(すくな)が「天上天下唯我独尊」と発した状況は(第何話?)

 では、宿儺はどのような意味で「天上天下唯我独尊」という言葉を発したのか。

 そもそも五条悟と異なり、宿儺は自ら「天上天下唯我独尊」という言葉を発したわけではありません。

 宿儺がこの言葉を発したのは、コミックス4巻、第30話のこと。
 特級呪霊真人の領域展開内に虎杖悠仁が侵入したことで、真人の術式が宿儺の魂に触れてしまい、それを「不快」に感じた宿儺が真人に攻撃したことを、地の文でそう評されていました

 そもそもこの時点で、真人は宿儺に全く害を加えていません。

 むしろ虎杖の肉体の主導権を奪って、宿儺に力を取り戻させようとしていました。

 そんな味方とすら言える真人に対して、ただ不快と感じただけで容赦なく攻撃を加えた宿儺

 彼は作中でこう評されています。

「天上天下唯我独尊。己の快・不快のみが生きる指針」
「両面宿儺、彼にとって誰が死のうと、どうてもいい」

意図的に誤用されている?

 状況からも分かるように、宿儺に関して「天上天下唯我独尊」という言葉はその傲慢さ、強烈な自尊心を表す言葉として使われています。

 ある意味現代の「唯我独尊」に近い意味で使われているわけですが、宿儺に関して言えば「うぬぼれ」や「独りよがり」という言葉は似合わないような気がします。

 何故なら宿儺はうぬぼれではなく強く、独りよがりではなく独りなのですから。

 五条悟と対比するように同じ言葉が使われていることを考えると、「五条悟=悟りへ至った存在」と同格の「何らかの境地に至った存在」を指すものとして、「天上天下唯我独尊」という言葉が使われているのかもしれませんね。

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